鍋島の家

House in Nabeshima / 2022 /

稲作地帯の筑紫平野には、農業用水路(クリーク)が網目のように走る。敷地の南北二方もクリークに面し、民家ごとに架かる小さな橋を渡り敷地へ入る。近辺は田から住宅地へと様変わりしているが、今も澄んだ水の中には淡水魚が泳ぐ姿が見られる。
アプローチ正面に位置する丸太架構のピロティを結界門として、その奥に浄域である南庭を配した。隆起させた地形に林立する樹々が、点在する巨石と一面を覆った杉苔に葉影を落とす。それは一枚の絵のようである。また、南庭が醸し出す静寂な空気は、純粋な木架構のみで築かれた広縁を包み込む。建主はそこに身を置き習慣である瞑想に耽け、浄化された心でこの風景と対峙する。居間は出隅の柱なしに広縁と、もう一方で中庭と繋がる。広縁を介する南庭に対し、中庭は建築に地形を摺り寄せ、庭を身近な存在としている。
双方の庭は、居間を挟んで緩やかな地形で連なり、緑深い山間に建築がそっと置かれたかのような感覚さえ齎す。敷地内には起伏で抑揚をつけた東西南北の庭があり、各々の室が庭に面し、多様な光を受容する。寄棟造を活かした入隅・出隅部の開口はすべて開け放つことができ、気持ちの良い風が建築の隅々まで行き渡る。光や風と共に家族の視線も行き交い、個々の時間を過ごす場面でも家族の気配を感じ、同じ景色を共有しながら繋がる場となる。
南庭・広縁・居間・中庭・主寝室と内外(陰陽)が織り重なる眺望は、日本建築特有の透かしのレイヤーである。主従関係のない一体となった建築と庭をつくることで、民家が連なる地に瑞々しい風景を生み出した。




鍋島の家

設計 : TORU SHIMOKAWA architects
構造 : Atelier742 / 高嶋謙一郎
造園 : 西海園芸 / 山口陽介
写真 : 藤井浩司

所在地 : 佐賀県
計画種別 : 新築
用途 : 専用住宅
主体構造 : 木造軸組工法
規模 : 地上1階
敷地面積 : 712.29㎡
建築面積 : 216.38㎡
延床面積 : 181.61㎡
設計期間 : 2020年4月〜2021年4月
工事期間 : 2021年5月〜2022年6月


掲載誌

『新建築住宅特集』2022年8月号 / P.78~87 (新建築社)